指導者の心得
仙川道場 山下 仁司
1.はじめに
有段者になると、初心者・後進を指導する事が増えるが、指導者となるためには自らが技に熟練するだけでは十分ではない。合気道は、開祖植芝盛平翁の言葉の通り、「己れの邪気をはらい、己れを宇宙の動きと調和させ、己れを宇宙そのものと一致させることにある。」(植芝、2002)よって、単に技を競い、他者に勝つことを教えるだけでは指導者とは言えない。合気道の稽古をもって、指導者、稽古をする者共に自分を磨き、自分を高めることを目的としなくてはならない。この点を踏まえたうえで、更に指導者として心得ておかなくてはならない点をいくつか列挙しておきたい。
2.指導者として必要な態度
合気道の稽古は、まず指導者が型の手本を見せ、それを稽古するものが初心者・上級者入り混じる形で練習することで行われる。その教育の手法・方法は、近年の教育学における正統的周辺参加論に非常に近い。「正統的周辺参加論」とは、ある徒弟制の職場における熟達者から新入りに技が伝承していく様子を観察した研究がもとになっている教育理論である。それによると、最初は簡単な仕事をしながら、より熟達している人がこなしているより重要な仕事を見よう見真似で覚えていく。徐々に「周辺的」な位置から「中心的」な役割を果たすようになっていく姿を「学習」と捉え、初心者であってもその共同体の「正規メンバー(=正統的)」であり、周辺部分から徐々に参加度を増していく、という意味で「正統的周辺参加」論と名づけた。(レイブ・ウェンガー、1991)
この理論を合気道の稽古における指導者の心構えに応用して言うと、以下のようになる。
① 学習目標について、今何を学んでおけば先に何ができるようになるか、因果的な関係を学習者自身が分かるような工夫をする。
② 学習すべきことがらを学習者が既に知っていることやできることに結びつけ、次に何をすればいいかを学習者の目からも見えやすくする。
③ できるかできないかだけを問題にするのではなく、できたらなぜそれでできるのか、それができると次はどんなことができるはずかを考えるような習慣を持ち込む。
④ 一人ではできないことには手助けを与え(足場掛け)、まずできるようにしてから、その後それを一人でもできるように導く(指導者のフェーディングによる自立)
⑤ 指導は信頼関係があっての事であり、互いに人として平等であることを基盤に学習者に常に敬意を持って接し、学習者から学ぶ態度を忘れない。
要するに、教え教えられる関係ではなく、合気道を共に学び、それを通して自分を磨き、合気道を自分のこととしてその隆盛を図ることで、社会に貢献していく仲間を育てるのだという姿勢を持つ必要があるという事である。
3.他の注意すべきこと
そのほか、指導者として気を配らなくてはならない事としては、以下のような事が挙げられる。
① 稽古の安全性
② 道場への尊敬と礼節、清潔さや道具を大切に使用する事
③ 稽古の際の人間関係(指導者との関係だけでなく、稽古をする者の間での人間関係)
④ ハラスメント(セクハラ・パワハラ等)への理解と、絶えず注意を払っておくこと。他者の立場に立って想像してみる事。
そして最後に、絶えず明るく、楽しく真剣に稽古をすることを心掛け、合気道の普及に努めてゆくことが指導者としての心得であると考える。
参考文献
植芝吉祥丸監修(2002、2017)『合気道開祖・植芝盛平語録 合気道神髄』八幡書店、p34
ジーン・レイヴ、エティエンヌ・ウェンガー(1991)『状況に埋め込まれた学習』産業図書